社会人博士という選択。山崎研究室×SUBARUの取り組み
阿部 啓介(株式会社SUBARU) ✕ 山崎 徹(工学部 機械工学科 教授)
阿部 啓介
工学研究科 山崎研究室
勤務先:株式会社SUBARU
山崎 徹 教授
工学部 機械工学科
専門分野:機械力学・振動工学・音響工学・制御
INDEX
「社会人博士(社会人ドクター)」とは、企業や公的機関などで正社員としての職務を継続しながら、大学院の博士後期課程に在籍し、博士号(Ph.D.)の取得を目指す研究者のことです。仕事で培った「実務上の課題」をアカデミックな視点で深く掘り下げ、世界に通用する専門性を証明する最高位の学位を目指します。
今回、工学研究科で、振動・音響エネルギーの伝搬の観点から様々な振動・音響問題の解決に取り組む山崎徹教授と、株式会社SUBARUに在籍しながら社会人博士(社会人ドクター)として山崎研究室に所属し、自動車の振動・騒音開発に用いる実験・シミュレーションの技術構築および研究に取り組む阿部啓介さんに、社会人博士(社会人ドクター)についての話を聞きました。

既存手法を超える!現場のエンジニアが大学院進学を決意した理由
(阿部さん)
振動騒音に関する産学連携の研究会をきっかけに、振動エネルギーへの関心を深め、自ら課題を設定して研究するようになりました。理論的な観点から深く掘り下げれば、まだ世の中に無い技術開発につながるのではないかと考え、山崎研究室への進学を決意しました。挑戦や失敗を前向きに受け止め、伴走してくれる研究環境の存在も大きな後押しになりました。
私は現在、株式会社SUBARUで自動車の振動・騒音性能開発に用いる技術構築に携わっています。電動化が進む自動車分野では、これまで以上に静粛性が求められています。音や振動がどこで発生しているかは分析できますが、「どうすれば本質的に減らせるのか」を十分に説明できないことに課題を感じていました。既存手法の延長ではなく、新しい考え方が必要だと感じたことが出発点です。2015年に山崎先生と出会い、「振動エネルギーの伝わり方」という視点に可能性を感じました。
(山崎先生)
阿部さんとの出会いは10年前にさかのぼります。一見すると寡黙な印象ですが、言い換えれば、静かに強い意志を秘めた方です。現場の課題を現象として捉え、モデル化して整理する力を併せ持ち、企業エンジニアとして研究成果を設計判断に落とし込む視点が明確です。この1年はとりわけ基礎的な議論が増え、向上心に加えてノリの良さも見えるようになり、対話が一段と楽しくなりました。実行力とバランス感覚に優れ、周囲からの信頼も厚い、産学双方にとって理想的な社会人博士(社会人ドクター)だと強く感じています。稀有な人材であり、今後のさらなるご活躍が楽しみです。


社会人博士(社会人ドクター)の経験が、研究者としての思考力を高めてくれた
(阿部さん)
博士研究は「成果をクルマづくりに還元する」ことを前提に、会社の業務として取り組んでいます。日常は会社で解析・実験・理論検討を行い、2週間に1度大学で報告や打合せを行っています。
常に意識していることは、「実際の開発で使えるか」という点です。研究着手時から、設計や評価にどう組み込めるかを考えながら進めました。理論だけで終わらせないことを大切にしています。
もちろん、研究成果を実際のクルマづくりにつなげることを重視しており、従来の「振動を抑える」という発想から、「振動エネルギーを伝えない」という視点で研究を行いました。現在は、製品開発への適用を進めています。社会人博士(社会人ドクター)制度があったからこそ、短期的な成果にとらわれず、「なぜそうなるのか」を理論から突き詰める挑戦ができたんだと思います。この経験は、研究者としての思考力を大きく高めてくれました。


産学連携における「役割の分担」と「知の往復」のエコシステム
(山崎先生)
大学と企業の連携において私が最も重視しているのは、役割の違いを前提に、重なる領域も含めて率直に対話することです。企業は「使う」視点で迅速に開発を進め、大学は現場の疑問-なぜできたのか/できないのか-を理論化・検証し、再現可能な知へと整えます。この、餅は餅屋の関係を私は海に例えています。深海には専門を深く掘り下げて未到達の価値を見いだす営みがあり、浅瀬には現場で顕在化している課題をすくい上げ社会に返す役割があります。「深海」と「浅瀬」の双方を意識し、個人の強みと社会的価値を結びつけることが、産学連携の実効性を高めると考えています。
企業と大学が連携する効果は、研究成果の創出と人材育成が別々に進むのではなく、同一の営みとして同時に積み上がっていく点にあります。企業は現場で判断し、成果を実装へと進め、大学はそのプロセスを掘り下げ、理論化・検証を通じて知として蓄積する。この往復が機能することで、研究は設計判断に結びつく技術資産となり、現場で使われ続けるものとなります。


山崎先生、SUBARU阿部さん、それぞれが考える社会人博士(社会人ドクター)制度

(山崎先生)
大学は、企業が自ら手を動かし、現場で回し、判断する実務に伴走し、その過程を学術として整理し直す役割を担えます。社会人博士(社会人ドクター)制度は、現場の課題を起点に、仮説立案、検証、失敗からの学び、論文化までを一気通貫で経験できる仕組みです。思い通りに進まないからこそ、視野と技術が広がり、成長と成果が同時に得られます。大学はそのプロセスを支え、得られた知を再利用可能な形で社会へ返す架け橋であると考えています。
(阿部さん)
企業が独自性を維持していくためには、他社が容易に真似できない技術が必要です。そのためには、既存のツールを使いこなすだけでなく、新しい理論や考え方を生み出す力が重要だと考えています。社会人博士(社会人ドクター)制度はその力を育む基盤になると考えます。
小さな積み重ねが、技術と人の未来をつくる
(阿部さん)
高校生、学生、社会人、若手技術者の皆さんにお伝えしたいのは、小さなことをやり続ける大切さです。研究には「これをやればすぐに大きな結果が得られる」というような近道はありません。薄い紙を毎日重ねていくような日々に近いかもしれません。新しい挑戦の前には、不安や迷いを感じることは自然なことです。しかし、毎日少しずつの努力を積み重ねていけば、知識やスキルが着実に自分の中に蓄積されていきます。それが発想力や思考力となり、時間をかけて結果に結びついていく、私はそのことを身をもって実感しました。ぜひ、一歩踏み出して挑戦してほしいと思います。
(山崎先生)
教員の役割は、教育と研究を切り分けず、社会とつなぎ次世代へ還元することだと考えています。学生や企業の方と共に学ぶ「共育」を重視し、「今までにないことを明らかにし、できるようにする」研究のために、常にアンテナを立て、よく聞き、妄想し、検証して挑む、一言で言えば、ノリのよい教員/エンジニアでありたいです。


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※内容はすべて取材当時のものです。